シャロムの部屋

もうだいじょうぶ!「自分や子どもを責めてきた」ママたちへ。自己受容と聖書から子育てのヒントを得るコラム

愛してあげなきゃと思うと愛せない

子どもはかわいいけれど

「子どもは愛されるべき存在」とわかっていても、受け入れられないときってありませんか?「愛は好き嫌いの感情ではない。」

愛は感情を超えたものであり、無償(見返りを期待しないもの)だと私も思います。

でもそう言われると、余計、子どもを受け入れられない自分の姿が浮き彫りになって、悩んだり子どもを愛せない自分を責めてしまいそうになります。 

ルールに反発したくなる心理

ところで、タイミングにもよりますがルールがあると反発したくなることってありますよね?「勉強しなさい」と言われるとやりたくなくなるし、「見るな」と言われると見たくなります。

そこで、今回のタイトルですが、「愛してあげなきゃ」を固い表現にすると「愛してあげるべきです」となりますよね。それを変形すると、「親は子どもを愛しなさい」という命令になります。

どこでだれが命令してんの?って感じですが、ここにさっきのルールに反発したくなる心理が働くというからくりが見えますね。ルールは、良く言えば「人を守る」し、悪く言えば「人を縛りつける」んです。

私は長い間気づきませんでした。何に気づかなかったかというと、自分のルールが自分自身を縛りつけていたということに・・・ 

もう反省しない

「子どもを愛そう、愛さなきゃ」ってがんばる前に、子どもを愛せないのが「今の私なんだ」って認めはじめたら、いつのまにか自然に子どもを受け入れている自分がいました。

大切なのは、「これが今の私のなんだ」のあとに
 →『こんなんじゃダメだよね~』
 →『もっと愛せる人になろう』なんて、いちいち付けたさないこと!!
 

早い話が、反省しなくていいんじゃない?ってことですね。