シャロムの部屋

もうだいじょうぶ!「自分や子どもを責めてきた」ママたちへ。自己受容と聖書から子育てのヒントを得るコラム

勉強しなさいの裏側

消去法人生

「勉強しなさい」と言われたことや言ったこと、ありますか?

私は言ってしまいがちですが、自分の親から口うるさく言われた覚えはほとんどありません。夜7時半から宿題や勉強をする時間が決められていて、その時間に30分から1時間、姉兄と一緒にやるだけでした。

私は勉強が好きではありませんでしたが、私なりに努力はしていたし、親自身も成績を気にするタイプではなかったので、テストや成績の結果を親に見せて何か言われたことはありません。

でも、小6の時に学校でイヤな思いをして、地元の公立中学校に行きたくなくて、中学受験をしました。

中学生時代はなんとなく流れにまかせて過ごしましたが、中高大(4年制&2年制)一貫の学校に入学したことから、この後、私の消去法人生が展開していきます!

いちおう高校入試はありました。その成績の結果、この子はやればできるだろうと中学の先生が推して、高1は外部の大学を目指す進学クラスに入れられました。が、必要以上に勉強したくなかったので、高2から普通科に変えました。

短大は、幼児教育科 / 音楽コースを専攻しました。内部進学だから入試はちょろいもの。子どもが好きなわけでもないのに、ピアノさえ弾けたら合格するとわかっていたのでその科を受験しました。本当は芸能音楽の専門学校に行きたかったのですが、親から、とりあえず短大は出ておきなさいと言われたので・・・。

就職は、卒業前に学部の先生からすすめられた幼児教室の就職試験を受けました。一般企業に勤めたかったのですが、教育課程を学んでいながら一般企業にいくとなると、面接のときにいろいろ答えるのが面倒だと思ったので・・・。そこもピアノ技術で合格したようなものです。

このように、学生時代は消去法によって進路を選択してきました。一番大きな理由は勉強したくないからです。ピアノという特技は役に立ちましたが、それも音大をめざすほど練習する気もなくて、あくまで趣味程度のレベルです。

短大での専攻、その後の就職、カナダでの経験(小学校でボランティア&託児所勤務)を思うと、この先も幼児教育でキャリアを積んでいこうと思いましたが、正直、この職種って賃金が低いんですよね。

(カナダへ行くってことは英語はできたんでしょ?と思われがちですが、英語も苦手でずっと赤点を取らない程度にだけ勉強していました。まったく話すこともできませんでしたが、カナダ渡航の趣旨は「民間親善大使」。現地の人を理解しようという気持ちさえあればOKでした。最初は大変でしたが、半年たったころからようやく会話で意思疎通できるようになりました。(カナダへ行った経緯→【愛されながら育つ】大阪とカナダの事情は違うけれど )

学歴に引け目を感じていたから

自己受容の学びをしていく中で、どうして「勉強しなさい」と言いたくなるのか、と自分の心をさぐっていくうちに、自分の学歴に引け目を感じていることがわかりました。

「消去法で選んできた自分の学歴とそれを踏まえた職歴。そこから得られる労働賃金は低い。だから息子にはもっと勉強したほうがいいと思ってしまうのだ」と。

もっと勉強ができたら、もっとラクに高収入の仕事に就けるだろうと思っていたからなんですね。

息子は勉強そのものは好きなんだと思います。少なくとも私が小学校低学年のころと比べたら断然息子のほうがデキます。でも学校に行っていない今、息子は本当に大丈夫なのかなと思ってしまいます。ここがいつも夫と意見がわかれるところです。

(なぜ経済的に不安を覚えるのか→おカネの心配ここにあり )

自己肯定感がなかったから

 私とは逆に、夫は勉強が好きで授業も楽しかったようです。プラスアルファで勉強しなくても学校の授業を受けているだけで成績は良く、高校は進学校にいきました。「行ったら行ったで、周りがまじめすぎてつまらなくなって、勉強しなくなった」と言っていますが、学力の基礎知識は私よりあります。今でも、なんでそんなこと知ってるの?と聞いたら、「学校で習ったよ~」と返されることしばしば。

そんな夫は、学校教育の勉強に関しては苦手意識や難しさを経験したことがほとんどないので、子どもたちに対してもあせりがないんですね。私は苦手意識があるので「勉強は低学年からの積み重ね。ちょっとずつやっておかないと」となるわけです。

私は勉強したくないから・これしかできないから、といくつかの選択肢があっても、あれとこれを消して残ったものや、ラクな道を選んできました。ですが、そもそもどうして挑戦できなかったのでしょうか?勉強ができてもできなくても学歴を気にしない人がいますよね。私には自己肯定感がなかったからだと思います。

進路を決めるときだけ、もしくは、大きな決断をくだすときだけ、「チャレンジだ!」「夢だ!」と励まされても表面的にしか響きません。日々の小さなことを肯定され続けた人は、他人から励まされなくてもチャレンジできるし、失敗したとしてもさらにチャレンジできるんだと思います。

自分の内側の本当の気持ちがわかっても、また、自己受容ができたからといって、すぐに子育てに反映されるわけではありません。少しずつ、やれるところからやっていこうと思います。

(夫と意見がわかれる→岩の上と砂の上、どちらに家を建てますか? )
(自己肯定感がない理由→【大海原の一滴】自己受容を越えた境地 )