シャロムの部屋

もうだいじょうぶ!「自分や子どもを責めてきた」ママたちへ。自己受容と聖書から子育てのヒントを得るコラム

だまれ!私!

思考を続ける人間

今日は何を考えて過ごしていますか?
何かを考えていますか?

約半年間、不登校だった息子が新学年に上がり、午前中だけ母子登下校するようになりました。私は廊下で待っています。時間が長いので本と座布団を持参します。

ひたすら読書にふけっていますが、目が疲れてきたら本と目を閉じてしばらくボーっとします。

すると、自分の意識が本の内容から自分の内側(思考)へ向かうのがわかります。そして、いつの間にか自分と対話しています。

内容はそのときに読む本の種類によって変わりますが、子どもとの対話についての本を読んだりすると、これまでの子どもへの接し方などを思い出して少々落ち込む場合があります。

一度でも放った言葉は返ってきません。「言葉たちよ、わたしのもとにかえっておいで」と、むかし読んだ詩の1節をむなしく思い出し、頭の中は忙しくなります。責める自分と言い訳する自分の会話が繰り広げられるからです。

沈黙とは

ところが、ある時、突然、「だまれ!私!」という言葉が来ました。自分で自分に驚き、吹き出しそうになりました。それと同時に、聖書のことばも思い出しました。

「静まって、わたしこそ神であることを知れ。」(詩篇46篇10節)

この「静まって」は、手放す、降伏するという意味があり、「力を捨てよ」「やめよ」と訳している聖書もあります。それは、無心になるという意味ではありません。

神さまの前に沈黙するとき、問題にばかり目が行く近視眼的思考が、次第にズームアウトしていき、被写体(問題)が小さく遠くに見えていきます。そこに神さまの視点を見出すんですね。

子どもに向かってだまる(余計な口出しをしない)
自分に向かってだまる(自分を責めない)
神さまに向かってだまる(なんでこんなことが起こるのかと問題の解釈を求めない)

Still

クリスチャンが歌う賛美にこんな曲があります。
 
 さかまく大海を越え
 主とともにはばたく
 わが父よ 王なる神
 静まり あなたを知る 
 
英語の歌を日本語に訳すと、どうしても原曲の意味より物足りなくなるのは仕方ないのですが、もとの英語の歌詞を見ると、この曲を作った方の深い信仰が見えてきます。
 
 When the oceans rise and thunders roar,
 I will soar with You above the storm.
 Father you are King over the flood.
 I will be still and know You are God.
 (Still - Hillsong United)
 
この曲のタイトルはStill(スティル)です。
単語の意味としては「①じっとした ②静かな ③穏やかな ④波立っていない」というような訳になります。
 
この曲は短いフレーズの中で、絶妙な対比が描かれています。「波立つ状況」と「凪(無風状態)の心境」ですね。
 
様々な問題が起こり、取り巻く状況は大荒れでも、神にあって心の内は平安であるということを、聖書個所を引用しながら歌っています。
 
拙訳ですが、こんな感じになります。
 
「海がさかまき、雷鳴がとどろいたら
私はその大嵐(※1)よりも
もっと上のほうへ 
あなたと共に昇っていきます。
 
父よ、あの大水(※2)にもまさって
あなたは王であられるお方。
 
私の心は波立つことなく黙し、
確信するのです。
あなたこそ神であると。」
 
聖書を読んだことがあるなら、※1は、イエスがしずめた大嵐(マルコ4章35~41節)に、※2は、ノアの洪水(創世記6~9章)に思いをはせるでしょう。
 
どんな嵐でも雲の上は穏やかですよね。落ち着いて全体を見渡せる場所が必ずどこかにあるはず…!
あわてず騒がず、ズームアウトする心をいつも持てますように。(*^-^*)
 
(注)ここに書いている内容は私の個人的な考えです。個々の信仰の解釈と合致するとは限らないことをご了承くださいませ。