シャロムの部屋

もうだいじょうぶ!「自分や子どもを責めてきた」ママたちへ。自己受容と聖書から子育てのヒントを得るコラム

母親の資格?

母親ってなぁに?

世の中にはたくさんの資格がありますが、「母親の資格」というものがあると思いますか?
もちろん、試験を受けて合格というものではありませんが、あるとすれば何をもって資格があると定義できるでしょうか?

ちまたでは、「あんな人は母親失格だ…」「こんな私なんて母親の資格はない…」という表現を耳にします。ところが、「母親として合格だね。」というのはほとんど聞きません。母親ならやってあたりまえという暗黙の基準があるからかもしれませんね。

かつて幼児教育科を専攻して学んだ時は、保育園や幼稚園の先生になる人だけでなく、母親になる可能性がある女性はみんなこれを学ぶべきだと思いました。これを知らずに母親になったら苦労するだろうなと本気で思いました。まだまだ了見の狭い若者でした。

幼稚園教諭になるには資格がいりますが、母親になる資格・・・?
合格?
失格?
ん・・・?
そもそも母親って?

専門科目を履修したにもかかわらず、子育は大変でした。アカデミックな学びは、理性を保ちながら保育に従事するには役に立っても、実際の子育てにはたいして役に立ちませんでした。保育現場と子育て現場はまったく別物です。

夫は協力的でしたが、土日祝日も仕事で朝から夜遅くまで不在だったため、特に子どもが幼児期の頃は、投げ出したい・逃げ出したいと思うことがありました。

ある晩、夫が不在の時、子ども達は私に怒られて泣いているのに、その私に救いを求めるかのように泣いていました。
「ママ、こっち見て!抱っこして!受けとめて!」と、言葉にならない訴えを叫び続けていましたが、それにこたえられない自分がまた苦しくて悲しかったのを覚えています。

泣いてる子どもを廊下に放ったらかし、部屋に閉じこもって行き場のない怒りや苦しさ、悔しさ、不甲斐なさに打ちのめされて泣いて過ごしたこともあります。

そんな自分をひきとめていたのは、この子たちを投げ出したら私を産んだ母親と同じになる、そんなことをしたら私と同じように傷ついてしまう、という思いでした。

産みの親、育ての親

私を産んだ人と、私を育てた人は別々です。
17才の時、うちにあった ある書類を偶然見つけてそのことを知りました。親にも姉兄にも祖父母にも、誰にも真相を問いただすことはしませんでした。そして、自分の部屋に直行してからひとりで泣きました。

なぜなら、私は育ててくれた母親が大好きで、父と一緒になったその後の苦労も知っており、その事実を突き付けることは、今までの母の苦労を無駄にする、母を悲しませることになると思ったからです。親戚もみな、そのことをひた隠しにしてきたのは、母親が違うということを知ったらこの子はかわいそうだという思いと、育ての母を家族親戚として迎えていたからだろうと思います。

その事実を知ってから15年後、あることがきっかけで私は心に閉じ込めた悲しみに向き合い始めました。そしてそれまで誰にも言わなかった私の生い立ちを数年間聞き続けてきてくれた神学校の恩師からこのような助言を受けました。

「お母さんも、あなたにずっと黙って心に秘密をかかえているのは苦しいことだと思う。本当にお母さんを思っているなら、自分がもう事実を知っていることを伝えたらいいんじゃないかな。お母さんの心の重荷をおろしてあげることが愛なんじゃないかな。」

さっそく、祈りながら手紙を書いて母に送りました。

するとその助言の通り、母は、「心が軽くなった。ありがとう。」と、涙ぐみながら電話口で言ってくれました。

それから10数年たちました。今度は子育てに困難を覚え、再び、自分の心を見つめなおしました。

その間、いろんな思いが来ました。

育ての母のことは大好きだけど、父と関係をもたなければ、産みの母は出て行かなかったんじゃないか?

ひとりの女性として私は、育ての母がかつてとった行動に嫌悪感を抱くこともありました。これはいやしのプロセスには大切なことです。いい子ちゃんのまま、育ての母をかばう必要はありません。恨む気持ちや憎む気持ちを認めること、それをはき出すことがいやしにつながるからです。

それが落ち着いたら、次にこう思うようになりました。

産みの母がずっと育ててくれたところで私は幸せだったのだろうか、とか。
浮気癖のある父といれば、遅かれ早かれ出て行ってただろう、とか。

これまた、けなしたり、愛してほしかったと泣いたりしました。しつこいようですが、これがいやしのプロセスなのです。

産みの母が出て行かなかったら私は傷つかずにすんだはず…、自分の子育てももっとラクに楽しくできたはず…と思っていましたが、産みの母に育てられて傷ついている人もたくさんいることを知ったとき、私は産みの母を美化していることに気づきました。

人として、親として、完璧な人間なんていないんですよね。

光と影

誰ひとり「資格」をもって生まれてきた人なんていません。あかちゃんはなんにも持ってなくても、そのまんまでかわいいし、そのまんまで周りを笑顔にしてくれます。

もとはそういう「何も持っていなくてもすばらしい」存在の人が、次の「何も持っていなくてもすばらしい」世代を産む・成長を見守る・・・そんなシンプルなことなんだと思います。

そこに母親の資格とか、母親になるように選ばれたとか、子育ては最高の仕事とか、子育てを通して親も育つとか、そういう言葉を後付けしてきたんだと思います。私はそういうフレーズが苦手です。

いのちは尊いものですが、子どもを産むことや育てることが特権であるかのようにいうのには抵抗があります。それを特権とするなら、その特権に「あずかりたくても あずかれない」人に対してなんと言葉をかけるのでしょうか。「あずかりたくなかったのに あずかってしまった」人に対してなんと言うのでしょうか?

育てられないなら(育てたくないなら)産まなきゃよかったのに、と言う人がいます。これは母親を批判して子どもをかばっているように聞こえますが、当のかばっている子どもの存在を否定しています。子どもにしてみれば、自分は存在しない方がよかったと言われてるようなものですよね。私はこれと似たようなことを言われた経験から、本来、産むほうにも生まれるほうにもその意思は関係ないという思いがいっそう強くなりました。

なぜなら、子どもを望んでいても与えられないこともあるし、望まない妊娠もあります。親が望んでいなくても、生まれてきたいのちの出発点はいのちをつくりだす神さまです
望んで妊娠し産んだとしても、それもまた神さまの許しのもとに生み出されたいのちです

欧米では「子づくり」とか、妊娠した時に「子どもができた」という表現はしません。聖書の教えのベースがあり、子(いのち)は神が与えるという考えがあるからです。人間はクローンをつくれても、ゼロから生命をつくりだすことはできません。

私はずっと、「母親になりたくてなったんじゃない。母親にさせられたんだ。」と思ってきました。
無責任に聞こえるでしょうか?
言い逃れに聞こえるでしょうか?

たとえそうだとしても、もしくは、このように考えていたのは私の生育歴が影響していたとしても、今となってはわが子のいのち(人生)は神さまが出発点と信じているので、今も「神さまによって母親にさせられただけだ」と思っています。

それが恵みであるとか、私には必要だったとか関係ありません。そんなふうにポジティブになろうとして自分に言い聞かせたり、思い込もうとしたりすることをやめました。子どもは親が成長するための道具でもなければ、幸せになるための道具でもないからです。

ただ現実として、目の前に 保護がなければ倒れてしまう子どもがいる。
その子と生きる。

それだけのことなんだと気づきました。

ところで、「資格」や「責任」という言葉の裏には、「正しさ」が存在します。
正しさが存在するところには「悪・正しくないこと」も存在します。
これが、冒頭の「母親ならやって当然という暗黙の基準」につながるんだと思います。

正しさを求めるなら、必然的に悪が浮かびあがります。
光があるところには影ができるように。光が強いほど影も濃くなるように。

だから正しさを強く求める人は、その思いの中に常に「不正なこと」「不正義なこと」が同じぐらい強くまとわりついています。以前の私はそういう者でした。私にとって正しいとする基準から外れていること(=悪)が何かと目につき、いつもイライラしていて人を批判しては疲れ、子どもを叱っては疲れていました。

「あなたは正しすぎてはならない。・・・なぜ、あなたは自分を滅ぼそうとするのか。」(伝道者の書7章16節)

まさにこの聖書のことばの通り、この身に滅びを招くような生活でした。

先月、母が来た時にこのような質問をしました。
「自分が産んだ子どもでも投げ出したいと思うことあるのに、なんで私たちを置いて出て行かなかったの?お父さんも浮気しつづけて、籍も入れてなかったのに。」(母は、父と一緒になってから30年以上籍を入れていませんでした)

母の答えはこうでした。
「あかちゃんのあんたがほんまにかわいかった。自分も継母の身でありながらこんなこと思うのおかしいんやけど、あんたが物心ついてから出て行って 別の継母が来たらかわいそうやなって思ってた。」

当時、姉は6才、兄は2才、私は8ヶ月。あかちゃんの私が一番なつきやすかったんでしょうね。それでも、そんな母のことだから、きっと、姉や兄に対してもこれ以上悲しませないように、継母になるのは自分が最初で最後と思っていたんだと思います。

母自身も自分の母親には育てられず、血のつながっていない人に育てられました。決して愛情をたくさん受けて育った人ではありません。でも、母の場合、「私はこの子たちから離れない」という決意が 子どもを産まなかった一人の独身女性を「母親」にしたんだと思います。

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