シャロムの部屋

もうだいじょうぶ!「自分や子どもを責めてきた」ママたちへ。自己受容と聖書から子育てのヒントを得るコラム

子どもより先に自分を愛する、ヘンですか?

しっくりくる育児法がみつからない

「子どもを愛したいのに愛せない」と思うことはありませんか?子どもに対して怒っては落ち込む。思わず手をあげてしまったり、怒鳴ってしまったり。その後しばらくはかわいがるけど、子どもが調子に乗ってわがままになったり片づけなかったりするとまた怒る、の繰り返し。 私はしょっちゅうありました。 

幼児教育課程で学び、保育士としての勤務経験もあります。育児書も読み、先輩ママの話も聞きました。でも、なぜかしっくりきませんでした。 それもそのはず。そういう内容はその人たちにとっての正解であり、方法論や一時しのぎの対処法だからでした。 

自己受容との出合い

長男が赤ちゃんだったころ、私がコレだと思った育児法がうまくいかず悩んでいたら、電話口で姉が「答えはあなたとあなたの子どもの間にしかないよ」と言って励ましてくれました。でもその答えがわからないまま何年も過ぎていきました。 

そしてとうとう、息子が小学2年生で不登校になりました。いじめとかではないのですが、ひきがねとなったきっけがあるにはありました。ですが、そういう表面的なことよりも、私のこれまでの威圧的な接し方がよくなかったのかと、息子とともに私も行き詰りました。

そしてある日、自己受容という概念に出合いました。「自分を否定も肯定もせずありのままを受け入れること」それができるようになって、ようやく子どもや他の人も受け入れることができる。自分を受け入れた分しか、他の人を受け入れられないということ」

私は私を受け入れてきただろうか?よく考えてみると好きな部分と嫌いな部分の差がかなりありました。ということは、受け入れているといっても、条件つきだということですよね。

だから、わが子にも「〇〇したからいい子」「〇〇していないとダメな子」と、言葉に出さずとも心の中では良い悪いで判断していたような気がします。そして自分に対しても他人に対しても同じように判断し、さばいてきました。 

他人だと距離を置けますが、わが子ってそうはいかないですよね。これまでフタをしてきた自分の醜い(見にくい!)部分に目を向けざるをえなくなりました。

自分を愛した分しか子どもを愛せない

自己受容を学び始めてから、自分の好きな部分も嫌いな部分も、良い・悪いでジャッジするのをやめて、「私ってそういう人間なんだなぁ」「今はまだこの段階なんだなぁ」と、とりあえず受け入れていくように心がけました。そうしていくうちに、これまでは「してほしくない」と思っていたことを子どもがやっていても、前ほど気にならなくなってきました。

人は自分で自分を愛するようにしか他の人を愛することができない。自分で自分を許すようにしか他の人を許すことができない。心理学ではこういうのを「他者受容は自己受容に比例する」と言うらしいですが、まさにこれを実感しているところです。