シャロムの部屋

もうだいじょうぶ!「自分や子どもを責めてきた」ママたちへ。自己受容と聖書から子育てのヒントを得るコラム

心の底で信じていること⁉

特有の思い込みとは

少し前に夫とケンカしたことを書きました。『【認めました】私こわれてるねん

結婚して1年目は、お互いの価値観の折り合いがつかなくて、3日に2回はぶつかっていました。

2年目は子どもが生まれてから生活が激変したストレスで、この時期もよくケンカしていました。

そのあとは生活も安定してきて、たまにケンカになると、いつも同じパターンで展開することがわかってきました。

明らかにパターンがあるとわかるのに、どのように対処すればいいかは長い間わかりませんでした。

ここでまた、野口嘉則さんのメルマガの話になりますが、それを読んで、私たちのケンカのもとになる根本的な理由がようやく見えてきました

人間関係やコミュニケーションがずれるきっかけは、それぞれが持っている特有の思い込みが関係しているようです。その思い込みのフィルターを通して考えたり、感じたりするからなんですね。

特有の思い込みとは、自分でも気づかない無意識レベルの、心の奥底で信じていることです。

そのメルマガから例をあげると、
・人に嫌われるべきではない
・失敗をするべきではない
・相手をがっかりさせてはならない
・人に甘えるべきではない
・人に弱みを見せてはならない
・いつもがんばっているべきだ
・私は受けいれられない人間だ
・私はダメな人間だ

なんだか、ドキッとしますね。(この例は、非適応的なものです。もちろん、適応的・肯定的な信じ込みもあります。)

あまりにも当たり前すぎて、自分では気づかないことってありますよね。前回の思考のクセもそうです。

私は、「お金持ちになれるはずがない。なんの能力もないんだから貧しくて当然だ。」という無意識レベルの信じ込みがありました。(関連記事『おカネの心配ここにあり』)

夫の信じ込み

夫婦喧嘩の話に戻りますが、普段おだやかな夫も、私のある態度によってピシャっと心が閉じてかたくなり、ふたりの話してる観点がずれていきます。これが私たちのパターン。

ある態度とは、怒ることなのですが、その中に責めが含まれるのは『怒る+責める=ダメな子ねぇ』で書いた通りです。

野口さんのメルマガを読んでから、夫にも特有の信じ込みがあることがわかりました。それは、「自分は誰からも責められるべきではない」というもの。

どうりで、ことあるたびに「どうしてそんなにオレを責めるの?」と言っていたわけです。私は責めてるつもりは全然ない時でも、そんなふうに解釈してしまうことがよくありました。

私が子どもに怒るときも、夫は、私が子どもを責めているように感じて、いつも子どもの側についていました。

まさにこれが私たちのズレる原因。

私が怒っているときは、感情的に一番弱く、一番もろい状態が表面化しているときです。すなわち、一番夫に支えてほしいとき、受け止めてほしいとき、受容してほしいとき。それなのに、そういう私の気持ちをわかってもらえない悔しさや腹立たしさが、ケンカになるといつもありました。

でも、私の怒りには無意識に責めが含まれているものだから、『誰からも責められるべきではない』と無意識に信じ込んでいる夫に、そんな私を受け止めることができないのは当然だったのかもしれませんね。

人間観察

こういう知識や理解を持ち合わせると、人を見る目が変わってきます。

これまで、人の心理やウラを読むことが苦手で、目に見える態度や耳に聞こえる言葉にのみ反応してきた私ですが、最近では、何がその人にそう言わせるのか、何がそういう態度をとらせるのかを考えるようになりました。

きっと本人は気づいていないんだろうな~、ということもわかってきました。そして、私は勝手に心の中で仮説を立てて相手の心理をさぐったりして、人間観察を楽しんでいます。

人間っておもしろいなと思います。
自分のことを理解しているようで理解していない。
単純なんだけど複雑。
複雑なんだけど単純。

万人共通の心のからくりがあります。そこに、その人特有の心理や不安や悩みが絡んでいます。それを解決するために、コレという型にはめることはできません。

それでも、万人共通の心のからくりの原則を応用したら、見えてくるものがあるようです。