シャロムの部屋

もうだいじょうぶ!「自分や子どもを責めてきた」ママたちへ。自己受容と聖書から子育てのヒントを得るコラム

ママに与える愛

子どもは親が大好き

子どもを育てて思うこと。
それは親がどんなに不完全で不十分であっても、子どもは親が大好きだということ。

 親の態度によって幼少期につらい経験をしたとしても、人というのは本来、親に対して完璧な理想像を持ち、そうであることを願っているような気がします。

だからこそ、親から受ける傷は大きく、逆に、受け入れてもらえる喜びも大きいのだと思います。

息子に対してよく怒っていたころのこと。
私に怒られてイヤな思いをしているはずなのに、それでも私に抱っこしてほしかったり、優しくしてほしかったり、寝るときは一緒にいてほしかったりしました。
今もですけどね・・・。

あるとき、「こんなに怒ってるのに、なんで、ママ、ママって言うんだろう?」と私が言うと、夫がこんなことを言いました。

「あの子はママに愛を与えるために生まれてきたんだろうな。」

ん?
母が子に愛を与える、ではなく、子が母に愛を与えるとはどういうことだろう?と、すぐには理解できず、そう言われたことも忘れていました。

ところが先日、息子が「ママだいすき~」と言いながら後ろから腕を回してきた時、この子は本当に私のことが大好きなんだなぁとつくづく思い、夫の言葉を思い出しました。

息子は、私のDoing(態度)ではなく、私のBeing(存在)を慕っているということなんですね。

異質の愛

夫婦は別れてしまえば他人ですが、親子はそうではありません。どんなに離れていても、憎んでいたとしても、親はいつまでも親で、子はいつまでも子。

自覚はなかったけれど、愛されることに不安があったり、自分をまるごと受け入れられることに自信がなかった私に、夫は、「その存在を慕う絶対的な愛」があるということを、子が親に向ける愛を通して伝えたかったのだろうと思います。

私は、夫も神さまの愛をあらわしてくれる尊い存在だと思っていますが、夫としての愛はそこまで絶対ではないことを彼自身がよく知っています。

夫婦同士が愛しあっていたとしても、不完全な人間であり男と女である以上、誘惑があったり、ふと別の異性に目がいくことは100%ないとは言い切れないからです。

子どももいずれ大人になって親を客観視するときがきます。それでも、本能的に子が親を思う気持ちは特別だと思います。

親が子を思う愛とはまた別の、異質の愛が子どものほうにあるんでしょうね。子どもの心もまた深いということですね。

子どもが与えてくれる愛を素直に受けようと思います。