シャロムの部屋

もうだいじょうぶ!「自分や子どもを責めてきた」ママたちへ。自己受容と聖書から子育てのヒントを得るコラム

さよなら 支配親

親を怖がる私

自分の親と話すとき、リラックスしますか?
緊張しますか?

私は父親に対してずーっと緊張していました。恐怖心がありました。実家を離れて17年になりますが、つい最近まで、父親のことを考えると「怖いな…」という恐怖心がいつもわきました。

普段は離れて住んでるからいいのですが、帰省することを考えたり、たまに電話がかかってきたりすると、「なに言われるんだろう…」と気分が重くなっていました。

そして、とくに、ご飯したくをしているときや子どもに接しているとき、父親の顔とともに姉の顔もしょっちゅう浮かんできました。

「親は脇役」という記事で、親である私が子どもの人生を歩んでしまったことを書きましたが、それ以前は、私の父と姉が私の人生に支配的な態度で関わっていました。本人たちはいたって無意識なのですが、いや、良かれと思ってやっていたことも多々あると思いますが、なぜ現在の私の生活にまで影響を与えていたのでしょうか。

支配ー被支配

ある人がこんなふうに言って気づかせてくれました。
「ずっとお父さんの基準や価値観に合わせなきゃ、そうしないと怒られると思ってきたでしょ。だから大人になって親元から離れていても、心の中の小さなあなたはその基準に達していないと怒られる・責められるって思ってるんじゃないかな?」

また、別の友人はこのように話してくれました。
「お父さんもお姉ちゃんも、自分が世界の中心と考えているタイプ。だからあまり動じず、左右されないんじゃない?」

なんという鋭い指摘!

まさにその通りでした。自分ではそれがふつうと思って過ごしてきたので、客観視できなかったんですね。

さらにある本にもこういう表現が書かれていました

「支配ー被支配」の親子関係。

これ、私だ・・・と思いました。

同じ子どもでも、姉が「被支配」の立場にならなかったのは、友人の指摘の通り、自分が世界の中心と思っている支配的なタイプだったからなんですね。これはもう生まれもった気質の違いとしか言いようがありません。

私がどれだけ父を恐れていたか、こんなエピソードから想像してもらえるでしょうか。

20才過ぎの頃、夕方に食事支度をしていたら、父親から思いかけず早い時間に「今から帰る」と電話がありました。家には誰もおらず、うわぁ 何かあったら私ひとりかぁ~と緊張し、早く片付けを済ませようと思い、急いで包丁を洗いました。焦って慌てたため、刃がスポンジのほうを向いているのに気づかず、手のひらを切ってしまいました。

「あぁ、これこそ怒られる…!」

出血がひどくて痛いのに、私は反射的にそんなことを考えました。急いで家の向かいに住んでいたピアノの先生に電話して病院に連れて行ってもらい、4~5針縫いました。

はっきりは覚えていませんが、そういう私を家族は「あほやな~」「どんくさいな~」という感じで笑っていたように思います。

姉に対して恐怖心はないのですが、家族みんなが姉のセンスを認めていたので、自分に自信がない私は、姉がいいというものはいい、悪いというものは悪いという姉の価値観が私の基準になっていました。

ところで、なぜ、ご飯したくと子育てに関するときにふたりの顔が思い浮かんでいたかというと、父親は食事についてとてもこだわる人だからです。量やバランスはもちろん、いろどり、ご飯の匂い、調味料など、とにかく細部にわたって非常にこだわりが強く、気に入らないと怒ったり、別のものを用意させたりしていました。

私は料理が得意ではないし、「私の作るものなんてたいしたことない」と思われていたし、自分でもそう思っていました。姉のはおいしく華やかに見せるのも上手。子育てについても食事の時の態度やその他いろんなことをきちんとしつけているように見えます。

私は自分の子どもは、「私と夫の価値観のもとで育てたらいい」と頭ではわかっているのですが、問題は実家に帰ったときに、姉の子ども達と私の子ども達を比較されたらいやだなぁとか、もしうちの子たちの態度が悪かったりしたら、そういう育て方をしていることを見下げられそうな気がしていました。(実際にされたことはなく、私の思い込みだったのが今ではわかります・・・)

変化を実感

ところが、この数か月、父と姉の顔が思い浮かんでこないことに気づきました。息子の不登校がきっかけで、育児に行き詰まり、自分の過去と向き合う決心をしました。

たくさん本を読み、友人に話を聞いてもらい、心の学びを深めてきました。現在の悩みを通して、心の深いところにある不安感や苛立ちに向き合い続けました。自分では多岐にわたっていると思っていたいろんな悩みや問題も、実は同じ根っこ(自分の親との関係)から来ていることもわかりました。

ひとつずつ丁寧に取り組み、ブログでアウトプットしながら心を整理しいくうちに、私を見張るような父と姉の顔を思い出していないことに気づいたのです。

ちょうど1ヶ月前、娘の誕生日に合わせて、父と母が3泊4日でうちに遊びに来ました。心が軽くなってきたとはいえ、実際、親を前にしたらどうなるだろうと少し心配でした。

当日の朝、そのことを祈っていると、このような言葉がきました。

They will bring blessings.
(彼らは祝福をもたらす。)

その日の朝と前の日の夜、カナダの友人と数年ぶりにメールをしていて英語脳になっていたので、神さまからの答えも英語でした。

「彼らは祝福をもってやってくるのだから何も心配することはない。具体的にどういう祝福なのか、どういうことが祝福なのかは、後になってわかるだろう。」
そう思い、心は落ち着きました。

そして、
「うちに滞在中、もし父がなにかで腹をたてたとしても、もはや私の問題ではない。それは父の問題なのだ。」

そんなふうに思いながら父と母を迎えに行きました。ちょうど夫の腰痛(ヘルニア)が悪化していたので、親は夫をいたわり、子どもたちと過ごしました。両親が大阪へ帰る前日、急遽、私は夫の病院に付き添うことになったため、朝から夕方まで子どもたちの面倒を見てもらい、父が怒る場面はなく、平穏に過ごしました。

姉に対しても変化を実感しました。

数日前に久しぶりに長電話をしました。
その時は、姉の高1の長男の勉強のことで、「古典が苦手ならそれはすててもいい。でも英語は大学受験でも必要だし、入ってからもついてまわるから、今からやっておかないとって息子に言ってるんやけどな~」という話になりました。

さらに、小4の娘が英会話教室に通っているらしいのですが、「くもんの英語がいいらしいよ。今から始めたら小学生のうちに中学英語も勉強できるから、中学に入ったときには高校入試に余裕もって備えられる。だからくもんに変えたら?って言ってるねんけど、今通ってることがいいんやって~」と。

ちなみに姉は、関西圏で偏差値の高い短大の英文科を首席で卒業しました。
「英語ができたところでそれをいかすこともなく、自分ずっと専業主婦やん?」
そう言いたいのをグッとこらえ、「そうなんや~」と聞き流していました。

きっと以前の私なら、じゃあうちの子にくもんの英語を習わせようかと焦り始め、あれやこれやと口うるさく言って子ども達に勉強させようとしたことでしょう。

でも、心は乱れませんでした。姉がなぜ子どもにそう言ってしまうのかも、今の私にはその心のからくりがわかります。だから黙って聞き流すことができ、姉は姉、私は私、と冷静でした。

ずいぶん長い間、父と姉の価値観が自分の価値観になっていました。
父はこうしてたとか、姉ならこうするだろうとか、いつも迷いや不安をかかえ、自分がやっていることに100%「これでいいんだ」というOKが出せませんでした。

でももう父と姉の支配から解放されました。支配する父と姉にさよならしました。支配される自分にさよならしました。
やっと、自分軸を確立できるようになってきました。

このように、親の支配からの解放自分軸の確立は、わが子との間に境界線を引くためにもとても大切なことだなぁとしみじみ思います。

(関連記事 親は脇役 )

 参考文献:
『追いつめる親 「あなたのため」は呪いの言葉』/おおた としまさ著/朝日新聞出版