シャロムの部屋

もうだいじょうぶ!「自分や子どもを責めてきた」ママたちへ。自己受容と聖書から子育てのヒントを得るコラム

【昭和vs新時代】子育て観をアップデート

行けるところから登校する

子どもたちの長い冬休みが終わり、私もひとりで過ごす日常を取り戻しつつあります。

昨年の今頃は息子(当時 小2)が不登校で毎日家にいて、息子も私もなんとなく重たい気持ちで過ごしていました。

今年度(小3)になってからは、学校の先生と連携しながら登校しています。

以前は私から息子に発信されるメッセージが「~べき・~ねば」ばかりで、息子の本心は「学校に行きたい」のに、そのうち「学校に行かなければならない」となり、「でも行けなくてつらい」という不安とあせりでいっぱいになってしまいました。

今は「学校は行っても行かなくてもいい」「でも行きたいから、行けるところから行ってみる」と変化しています。

学校の日課は、8:15までに登校し、読書タイムや朝礼があって、8:40から1時間目が始まります。

息子は8時半前後に登校。8:25に来る娘の幼稚園バスを見送ってから、私が車で送って登校しています。時々、便意を催し9時前になることもあります。これが「行けるところから行く」という実例。下校時にはまた迎えに行きます。

こんな感じで遅れていっても毎日登校するようになり、気持ちも安定していたのですが、冬休み明け初日は「休みたい」と言い出しました。なんとなく不安はあるんですね…。

誰でも休み明けはしんどいし、休めるものなら休みたいのはわかりますが、初日は大事!

そんなこんなを話していたらもう1時間目が終わる頃。学校の先生と相談して、その日(木曜日)は3時間目~給食までということにしました。

翌日の金曜日は1時間目から行きましたが、週末をはさんだ次の月曜日。

またぐずぐずしていました。時間割をよく見たら3日連続で体育!でも、体育があると気づく前からぐずぐずしていました。

このなんとな~くぐずぐずする様子に対応するのが、母親としてはつらい…!

「行きたくないなら休ませればいい」と簡単に言う人がいますが、本当は行きたいけど行けない子にとっては、たんに休めばすむ話ではないのです。

その現場に子どもと残されてひとりで対処する母親の心境を、どうぞお察しくださいと言いたいですね~。

こちらとしても、休ませてあげたい気持ちと休んでほしくない気持ちとが交差します。それに加え、学校に連絡しなきゃ…とか、そういう小さなことが大きく思えて苦しくなります。

こういう状況で焦ったりイライラしたりする人は、「べき・ねば」に縛られている人が多いと思います。私もずいぶん解放されてきましたが、時として「べき・ねば」人間に早戻りしてしまいます。

あせるなと自分に言い聞かせ、担任は授業に出ているので、それとは別にいつも相談する先生にとりあえず電話しました。

昭和代表 VS 新時代

【主幹教諭】
この先生がとてもいい人なのです。この先生のおかげで私の心にゆとりがうまれました。

公立校では長くても6年で異動になるそうですが、この先生は連続勤務で9年目になります。現在は「主幹教諭」で、教育委員会など外部とのパイプ役だったり、学校内では全体を見るスーパーバイザーのような立場です。

40代後半~50代前半の男性。こわもてで、愛想はなく、きつそうな先生だな~とずっと思っていましたが、息子のことで話すようになってから、見かけだけで判断していたことを反省しました。

意外に声もソフトで、ゆったりした話し方。考え方も柔軟です。この先生ほど見かけ損してる人はいないだろうな~というくらい(笑)

【昨年度の担任】
それとは対照的に、昨年、小2の時の担任はその年で定年を迎える昭和のおじさん代表のような先生でした。

一言でいえば、マイナス要素を提示して奮起させようとするタイプ。

息子には、
「勉強しなかったら、将来困るぞ」
「お母さんの悲しそうな顔を見てごらん」
と話したり、私が、来年3年生になったときに下の娘が1年生になって一緒に登校できたらいいんですけどねぇ…とかなわぬ希望を話したら実際は息子が4年生になったら娘が1年生になる)
「上の子が不登校なら、だいたい下の子も不登校になりますよ」
と、一刀両断!

先ほどの主幹教諭の先生や支援学級の先生を交えたミーティングの後も、
「あの先生たちはあまい。あんなゆるいこと言ってたら復学はむつかしいと思いますよ」
など、希望のかけらもないことばかり。とても消極的・否定的な先生でした。

この先生、自分はもう定年して関わらなくなるから、他の先生たちの前では自分の意見を言わなかったのだろうと私は推測しています。

【今年度の担任】
今年、3年生の担任は、30代後半の男性。昨年は隣のクラスの先生でした。息子のクラスが静か~なのに対し、隣からはいつも子どもたちの笑い声が聞こえてきました。この先生のおかげで息子は復学できたと思うくらい、肯定的に息子を受け入れてくれます。

3年生になって最初の始業日、息子も不安ながら半年ぶりに登校しました。2時間目までの短い日だったので、泣くこともなく周りの子と同じように過ごしました。

その日の午後、先生方とのミーティングがありました。

新担任の先生は息子のことを
「ちゃんと座ってプリント受け取ったりして、100点満点以上ですよ~!」
と笑って話してくれました。

話は戻りますが、冬休みが終わった後の翌週明けは3日連続で体育(とび箱)があり、体育全般が苦手な息子はちょっと気乗りしない感じ。

担任と話せず、電話に出た主幹の先生は、足が痛いとかいって見学でもいいし、または体育を避けて早退してもいいですよ、とのこと。「え?先生がそんなこと言っちゃうの?」と思いながら、その提案どおり、体育は6時間目にあったので、5時間目で早退しました。

放課後、担任の先生からは、遅刻・早退ありきではなく、先生と一緒にマットを運ぶのを手伝うとか、そういう形で出席してみてはどうですか、と提案されました。そこは担任の采配ですね。

足が痛いとかおなかが痛いとか明らかな体調不良ではないのに、とび箱はしないで他のことをやるなんて、そんなのありなんですか⁉と驚きながらたずねると、
「全然ありですよ~。だって、不安があるんですから。とび箱に対して不安が強いなら、それ以外のことをしてみんなと一緒にいるほうがいいと思いますよ。」
「不安なことがあれば、おうちで決める前に、先生に相談してみたらどうかな、と、僕の所へ来るように励ましてあげてください。」
と。

昨年、「いやなことを避けていたら、ふんばりがきかない人間になる。人はラクな方に流れていきますからね~」と言った2年生の担任とは大違いです。

不安がる子に、「不安なんだね、それならやらなくていいよ」と完全に退去させていたら、確かにラクな方に流れていく人間になるでしょう。

しかし、「不安なんだね、それなら違う部分でできることはなんだろう」と、活動に関わる方法は他にもあることを伝え、別の形で取り組むなら、それは何もしない・させないという完全退去ではありません。

それを聞いて息子は、じっと座って見学するのも退屈だから先生のお手伝いすると言って授業に出ています。息子自身、体育の時間を避けて遅刻したり、早退することを望んではいません。

ついでにいうと、息子も自分だけ違うことをして恥ずかしいとか、毎朝遅れていって恥ずかしいとかはなく、周りの子どもたちも「あの子はそうなんだな~」と受け入れているそうです。多様化・多様性に対応できるのも今の時代の子どもたちだからなのかなと思います。

教育観をアップデート

以前、「親も子育て観をアップデートしましょう」という内容の本を読みました。

アップデートとは更新すること。すなわち、最新の状態に改めるということ。パソコンやスマホでも、今ある内容やデータをアップデートするとか、バージョンアップするとか言いますよね。

私が子どもの頃と比べて、学校現場の対応も変わってきたなぁと実感する日々ですが、前任の対応のように、マイナス要因を提示されて奮起するのもまた昭和の人間だけなのかな~なんて思います。

少なくとも今の時代の子どもたちには通じにくいのかもしれません。

昭和の時代には、戦後の貧困やどん底から、がんばらなきゃ精神ではいあがってきた祖父母が一緒に暮らしていました。バブル期をつくりあげた親がいました。

親世代が築いた「豊かな日本」で育った私が今は親になり、時代は核家族になり、次に生まれてきた新時代の子どもたちにマイナス要因を提示してもがんばる気になれないのは当然かもしれません。

取り巻く時代や環境が変わってきたのなら、確かに、子育て観も変えていかないと子どもには通じないのかもしれません。

いや、時代そのものが「更新」されていってるから、子育て観も更新していくと言ったほうが説得力がありそうですね。

なぜなら更新とは「時系列があるものごとで古いものから新しいものに変えて改めていくもの」だからです。

意図的ではないにせよ、時代は時系列で変わっていくものですよね。それまでなかったものがいきなりポンと出てきて構築されていくものではありません。

昭和時代に育った教育現場の先生が教育観をアップデートしています。2年生の担任はアップデートされていませんでしたが…。

自分のときはこうだったという思いを手放して、私も家庭における子育て観をアップデートしようと思います。

参考文献:『子どもには、どんどん失敗させなさい』水野達郎 著 / PHP研究所