シャロムの部屋

もうだいじょうぶ!「自分や子どもを責めてきた」ママたちへ。自己受容と聖書から子育てのヒントを得るコラム

自分をさばくから他人をさばく

愛を忘れた人

「律法的・律法主義」という言葉をきいたことがありますか?クリスチャンがよく使う言葉で、ざっくりいえば、律法(戒律・ルール)を重んじるあまり、律法に従っていない人々をさばいているような状態です。神さまを愛していると言いながら。

そういう人を「あの人は律法的ねぇ」なんて皮肉をこめていうこともあります。顔では笑っていても、心の中でさばきまくり、子どもには頭ごなしに怒ったりする人。はい、まさしく私が律法的クリスチャンでした。ははは・・・(´ω`;)

ルールに気づく

さて素朴な疑問。どうして人はさばいてしまうのでしょう?それは心の中に独自のルール(規範・禁止事項) が存在するからなんですよね。ルールがあるところには「守る・守らない」という考えが生まれ、守ればOK、守らなければXという判定がくだされるます。なぜXなのかブツブツ理由をあげつらうのが批判。

ほっとけばいいのに、あの人はあーだこーだと自分が下したXの判定理由をいかにも正しいかのように主張する・・・人間ってそんなもんですよね(笑)

で、いろいろ学んでいるうちに、自分に課しているルール(禁止事項)が多い人ほど批判する機会も増えるということを知りました。でも、他の人を批判する人は、実は、それ以前に自分を批判しているんですよね。そういう人はたいがいセルフイメージが低いかアンバランス。私がそうでした。 

自分にダメ出しをしない

ということで、批判することから解放されるために「~べき」「~べからず」の規範の枠をゆるみてみました。
誰に対して?
→子どもに?
→あの人に?
いえいえ、自分に対して。 まずはここがスタート!

自分をダメだなぁって思ったり責めたりして批判しない。してしまっても「あぁ、またダメ出ししてるなぁ」って思うだけ。それを繰り返していくうちにさばく気持ちは前よりは少なくなってきました。そして、不思議と他の人が何を言ったとかそういうことが気にならなくなってきました。