シャロムの部屋

もうだいじょうぶ!「自分や子どもを責めてきた」ママたちへ。自己受容と聖書から子育てのヒントを得るコラム

「やってあげる」を「やりたいからする」に変換!

見返りを期待する

毎日、仕事や家事や子育て、たくさんやることがありますよね。仕事として割り切っているうちはまだしも、最初は愛情表現としてやっていたことも相手が当然のようにそれを受け取っていくとどうなるでしょうか?

ふと「やってあげてるのに」って、ムクムクとわきあがるあの気持ち、あなたは経験ありますか?
その続き、「のに」の後に何がくるでしょうか?

やってあげてるのに、なんでありがとうって言わないの?
やってあげてるのに、なんですぐ散らかすの?
やってあげてるのに、なんで私にはしてくれないの?
やってあげてるのに、なんで認めてくれないの?

そう、やってあげてるのに、自分が望んでいる反応が返ってこないのがいやなんですよね。 

恩を着せる

でも、相手はそもそも、私がそれすることを期待していないかもしれませんよね。あとで自分でするつもりだったのを、私が先回りしてやっていただけかも・・・?

それなのに相手側からすれば、お礼をいうことを求められたり、怒られたりして、いい気分ではないですよね~。私が逆の立場ならもちろんいやです。「恩着せがましいなぁ」ってなります。

なのに、自分では気づかないで相手に恩を着せてしまう。そういうことってありますよね~。

「やってあげる」は「やらされてる感」に変化する

あるとき、「『やってあげる』ではなく、『自分がしたいからするんだ』という気持ちに切りかえたらラクになった」という話を聞いて、私も実践してみました。

子どもが散らかしたおもちゃをそのままにしていたとき、「散らかっているのがイヤなのは私なんだ。私が片づけたいのだから、私が片づけよう」と思って片づけ始めました。すると、不思議とイライラはありません。

北海道に住んでいるので冬は雪かきが必要なのですが、これも「私がやりたいからするんだ」と思うと、雪かきしないで出勤する夫にイライラすることも少なくなりました。

苦手な料理をするのも、安いところへガソリンを給油しにいくのも、「私がやりたいからする」に切りかえると、自分の生活に主体性が持てるようになってきました。

そのうち気づいたことは、「やってあげる」という思いはいつのまにか、「やらされてる感」に変わって私の心をむしばんでいたんだなと。

やっていることは同じでも気持ちの持ちようで、イライラは少なくなるって不思議ですね。